夏恋

父親の頭を撫でる手から逃れたカズマが、鼻血で倒れたケンジを視界におさめた 胸元のネクタイをきゅっと握り締めて少し俯き、地面へ視線を移せば、前髪で隠れた目元がさらに隠れた 栄のお葬式が終わると、ワイシャツからいつものタンクトップへ着替えて ケンジの眠る部屋へと足早に向かった ソッと襖を開けると、まだ眠りについたままのケンジがいた 寝息は穏やかで、見ているとなぜか落ち着いた 「お兄さんは・・・なつきねえが好きなの?」 襖を閉めて、そこに寄りかかり 膝を抱えるように片足を立たせながら体を縮こませた 唇が小さな動きで、少しためらいがちに言葉がもれた 僕のほうが、こんなにも好きなのに。 そう蚊のなくような声で呟いた 不意にケンジが寝返りを打った 起こしたのかと体が思わず弾んだ 間を空けて、またケンジの唾を飲む音が聞こえた 「・・・」 「・・・」 「・・・お兄さん、聞いてたの?」 「・・・ごめん」 「なんであやまんの・・」 「・・・うん、ごめん」 褐色の肌に赤みが薄らと加わった くそ、毒づきながら、ケンジの謝りに立ち上がった カズマの方を見ようとしない様子に前触れもなく、じわっと涙が溢れた その涙を我慢するように拳を握り締めた さっき、ラブマシーンに負けたときとは違う もっと違うなにかが胸を締め付けた 「なんで・・あやまんだよ!」 「・・・」 「僕はお兄さんが好きだ、だから、なつきねえには渡さない」 僕を見て、なつきねえじゃなくて僕を! その思いをぶつけるようにケンジへ怒気を含みながら言葉を投げた 寝返りをしたままのケンジが無言のまま、体を丸めた 沈黙にカズマがずずっと鼻をすする音が聞こえた その音の後、立ちつくしたカズマの気配にケンジは枕を抱えてカズマの名前を呼んだ 「・・・カズマくん」 「・・・な、に」 「・・・ボクは、」 「ボクも、カズマくんが好きだよ」 「さっき・・・なつきねえとキスしてた」 「あれは、その場の勢いがあったのかな、ボクもよく分からないや」 「なつきねえのこと、好き?」 「うーん、好きだけど・・・付き合いたいとかそういうのより、もっとこう、違うかな」 「・・・なにそれ、よくわかんない」 「僕も分からないや」 「自分のことなのに・・」 「でも、カズマくんのことが好きなのは分かるよ」 「え?」 唐突に名前を呼ばれ、涙を手の甲で拭いながら 鼻にかかった声で返事をした 枕を抱きしめて、顔を赤らめた複雑そうな表情のケンジが くしゃりと歪めた泣き顔を見つめた 苦笑いかはにかんだのか曖昧な笑みにカズマは眉を寄せて まだぼやけている視界でケンジを見つめ返した なつきねえのどこがすきなの? なつきねえといっしょに居たいの? なつきねえに好きって言われたいの? カズマは聞きたいことが頭に浮かんだ でもそれを言葉にするには唇が動かなかった ぱくぱく、と何度か動く唇にケンジが笑った すきだよ ただその言葉にカズマは目を細めた まいったなー。と小さく漏らしたケンジの声は枕でくぐもった 「好きなんだよ、先輩も」 「でもカズマくんが好きなんだよ」 「好きにも種類があるみたいなんだ」 「ただ一緒に居たいと思ったのはカズマくんなんだ」 分からないというケンジの返事がくるたびに 涙が止まったカズマの表情は、ムッとどこか拗ねたようになった その表情を読みとったのか、空を仰ぐように視線をさ迷わせた ケンジはぽつり、ぽつりとカズマに続けて告げた その声には迷いはなかった 「それはなつきねえより好きってこと?」 「そうなるのかな?」 「曖昧。それじゃダメ、もっとプロポーズするみたいに言って」 「えー!パソコン借りる時とちがうのにっ」 「いいから」 どっち?と首を傾けたカズマにうーん。とケンジも首を捻った ただ言うだけなら簡単だけど、それでもちゃんとした言葉が欲しい カズマはパソコンを借した時の素直だったケンジを思い出した 見つめたまま、首を振って、 さっきのように半ば強制のようなのとは違う、 どこか強請るようにケンジに告げた 「ずっと傍に居てください」 枕を抱く力がぎゅっと強くなるケンジにカズマは目が揺らいだ やっぱりダメかな、と俯いたカズマにケンジは真っ赤な顔で、 少し興奮ぎみ、そしてまた鼻血を垂らしながら答えた 「・・・キモッ」 「ひどいよカズマくん!」
2009 8 20