鉛灰 2

モヤモヤした気持ち。それは僕が一番理解していた。 笑顔が憎らしい程に、僕は健二さんが好きなんだってことを。 だから、誰にでも笑顔を振りまく健二さんが嫌いだってことも。 「健二さん、これからお風呂入るんだよね」 「え、うんそうだよ」 「僕もお風呂入りたかったんだ」 「あ、じゃあ佳主馬くん先に入ってきなよっ」 モヤモヤした気持ちに気付かないふりをずっとしていた。 夏希ねえと東京に戻る時にたまに手を繋いでいたことも知らないふりをしていた。 健二さんは手を繋いでいるだけで顔を真っ赤にしていたけど、 その表情を僕は見たことがない。 Ozではずっと横に居られる。 けど現実では僕の横には健二さんは居なくて、健二さんの横には夏希ねえが居る。 結婚したからそれは当り前なんだろうけど。 僕は健二さんの二の腕のあたりを軽く握って見下ろしたんだ。 7年前は僕の方が小さかった。それは当り前だったけど、今では背が伸びて健二さんを見下ろせる。 こんなにも健二さんの顔を見ることが出来るのに 健二さんの目には僕が映っていないんだということにいらついた。 「……佳主馬くん?」 「せっかくだから…一緒に入ろうよ」 「うえっ…!?」 「…家族になるんだし……いい加減、裸の付き合いもいいでしょ?」 「かっかっかっ家族ってそんな…でも、そっか、そうだよね」 少しだけ意識が飛んでいたのかもしれない。健二さんに声を掛けられてハッとした。 それと僕は案外ずるいのかもしれない。目の前の健二さんの腕を掴みながらお風呂場へ半ば強引に連れていった。 お風呂に入りたい。それは僕が健二さんへ言った初めてのお願いのような我が儘。 言葉をチョイスしながら会話を続ける僕の後ろから、廊下に足踏みをするような健二さんの足音。 嫌なら、本当にいっしょにお風呂に入ることが嫌なら、踏みとどまればいいのに 押しに弱くて照れた表情を浮かべる。健二さんのこういう煮え切らない部分も嫌い。 「でも、なんか、佳主馬くんと入るのは恥ずかしいな〜って」 「…な…んで?」 「…佳主馬くんが好きだったから、かな」 ああ、そうか。このモヤモヤする気持ちはやっぱり健二さんの性なんだ。 この人の言葉は、僕を喜ばせて、そして不愉快にさせるんだ。
2009 9 6